胃腸炎にかかった際、薬局で市販薬を購入して対処しようと考える人も少なくありません。しかし、薬の使用には正しい知識が必要であり、自己判断による誤った使用は、かえって症状を悪化させたり、回復を遅らせたりする危険性があります。胃腸炎の治療の原則は、あくまで原因となるウイルスや細菌が自然に体外へ排出されるのを助けることであり、薬はつらい症状を和らげるための補助的な役割に過ぎません。医療機関で処方される薬には、主に「整腸剤」「制吐剤(吐き気止め)」「解熱鎮痛剤」などがあります。整腸剤は、ビフィズス菌や乳酸菌などを補うことで、乱れた腸内環境を整え、お腹の調子を回復させるのを助けます。吐き気や嘔吐がひどく、水分補給もままならない場合には、制吐剤が処方され、症状を一時的に抑えることで経口補水が可能になります。発熱や頭痛、腹痛が辛い場合には、アセトアミノフェンなどの比較的胃腸への負担が少ない解熱鎮痛剤が用いられます。一方で、最も注意が必要なのが「下痢止め(止痢剤)」の使用です。市販薬にも様々な種類の下痢止めがありますが、特に腸の動き(蠕動運動)を強力に抑制するタイプの薬は、感染性胃腸炎の際には原則として使用すべきではありません。前述の通り、下痢は病原体を体外へ排出するための重要な防御反応です。これを無理に止めてしまうと、ウイルスや細菌、それらが産生する毒素が腸管内に長時間とどまることになり、症状の遷延化や重症化を招くリスクがあります。特に、O-157などの腸管出血性大腸菌感染症の場合に強い下痢止めを使用すると、重篤な合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)の発症リスクを高めることが知られています。したがって、下痢の症状があっても、自己判断で安易に市販の下痢止めに頼るのは避けるべきです。どうしても辛い場合は、必ず医師や薬剤師に相談し、症状や原因に適した薬を処方してもらうことが安全への鍵となります。
胃腸炎の治療、薬の役割と自己判断の危険性